日記・コラム・つぶやき

沖縄 石垣島ホテル宮平ブルーナイトクリスマスディナーショー

heart04石垣島ホテル宮平ディナーショー終えて帰ってきました。airplane

二十代東京で演奏していた頃、沖縄に行くのが私の夢でした。石垣島はスキューバーをする友達から海の美しさを聞きながら憧れheart02夢の又夢shineの場所。まさかその夢が叶うなんて、それも演奏しにいくなんて神様ありがとう。happy01 そんな気持ちでした。三年目で三回伺ってますが、本当に真冬なのに、夏の夢の楽園、海はスカイブルー。素敵なところです。Ishi_kakudai_y_002

しかし、今回は18日到着した日からのどが軽く痛み、雲行きがあやしく、21日の最終日には喘息になってしまいダウン。 wobblyなんとか薬と吸入で本番はこなした状況でした。帰える日はお昼の飛行機までフリーでしたが、ホテルの部屋から一歩もでれなくて、寝ていました。

体調を崩した私をさりげなく気遣うホテル宮平のホテルマンに感動しました。昼食もとれなくてベットでギリギリまで寝て気がつけば、もう飛行場にいく時間ぎりぎり、あわててロビーに降りると、一緒に演奏した音楽仲間と(みんなはバカンスを一日楽しむので一日遅れで帰省)裏方からショーを支えてくれたホテルマンの皆さんがいました。ホテルマンのナライさんのジェントルマンな笑顔や、いつもきめ細やかにいろんなことに配慮や動いてくださる杉浦さん、皆さんが見送りにでてくださっていて、ホテルのバイキングのお昼をお弁当につめて手渡してくれました。アレルギーや喘息にいい健康食や有機野菜などに詳しい岡田さんのチョイスだと聞きました。「身体が温まる食材しか入っていませんから」と受け取り、

私本当にしんどくて食欲ゼロだったんですが、一口でもなにかいれなきゃ、と思って飛行機の中であけて一口煮物を口に入れました。食から愛情って伝わるんだなっと思いました。ひとつひとつが本当においしくて、おいしいというより、優しくて。気づくと全部食べれました。heart04素敵なホテルマンのいるホテル宮平up是非是非皆様一度行ってみてください。

私もプライベートで家族と宮平に行こうと思っています。かっこいいホテルマンのいるホテル宮平へannoyショーも大成功に終えました。エンターテイナーのソプラノ歌手佐野さんの

完全アウエイのパワーの発揮はすごくて、魅了されますよ。もちろんピアニストの吉岡さんも打楽器は木野さん。また石垣でのショーは島の神々や自然のパワーが加わるのかあそこでしか魅せられない粉が舞います。不思議。また決まれば、ご報告しますね。noteIshi_kakudai_y_001

ショーも見にディナーも相当おいしいからお勧めしますね。apple

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旅にはいろいろ場所を選ぶ理由があると思います。例えば、その地方の食べもの、景色、料理、文化、歴史でもホテルで働くホテルマンに会いたくてその場所に行こうと思えるなんて素敵な出会いです。出会いに感謝。感謝。ありがとうございます。石垣のみなさま。heart02

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たけみやアートフォレスト2008 AMAZONES を終えて

2008年11月23日熊本市健軍文化ホール自主文化事業 たけみやアートフォレス

~アマゾネス~を無事に終えました。

琴、二十弦箏とピアノのコラボで、一部はそれぞれのソロ、リサイタル形式をとり、二部はセッションをしました。

ピアニストで作曲家の吉岡菜月さんは本当に才能豊かな方で、私は音楽家としても、人としても心から信頼と尊敬している方です。

私が、五年前産後うつ病で苦しんでいる真っ只中も支えてくれた友人です。、三年前から、恒例になっている石垣島ホテル宮平クリスマスディナーショーのメンバーの一人でもあり、(ソプラノ歌手 佐野真奈美さん)私が産後うつ病後、初仕事復帰もこのディナーショーでした。

うつ病というのは心の病なので、改善しているのか、解るにくい病気です。私の場合もそうでした。ヘルスアートという、呼吸方やお手玉、自彊術という呼吸を取り入れた体操とすべてを努力し、漢方、と治療を重ねても、不定愁訴(身体的苦痛)はとれていきますが、心の不安などはなかなか手ごわいのが、現実です。カウンセリングや、自分自身の過去を受け入れても、自己肯定感や、自己尊重感、簡単に言えば、自信みたいなもの、自己愛が全くもてない状態です。

私も演奏をやめたい、お箏をやめたい、自分の演奏を愛せず、本当に毎日、病院で泣いていました。本当に消えてしまいたくなるほど、つらく、孤独な状態です。

毎日心療内科医の指導のもと、簡単な童謡、もしもしかめや、ゆきやこんこなど、一日15分ずつ演奏して通院というところから治療していきました。weep

あのままきついから逃げていたら、きっといまだに、演奏することはつらいことだったかもしれません。

わたしは、はっきり言えます。うつは治ります。heart0123日のステージで感じた喜び、note不完全な自分を受け入れ、私らしくていいんだ と気づけたからです。

それはつらいけれど、勇気をもって少しずつ行動していき、そのつど、心境に向き合い、気づき、ありのままの自分を愛せるように、本来の自分を取り戻せるように一歩踏み出すことだと思います。

人は一人では生きていけません。みんなのお力や、支えが必要だし、気がつかないだけで、すぐそこに手を差し伸べてくれる人は必ずいます。どうかそのことに気づいてください。

病気や孤独でわたしのように苦しんでいる方に熱が入ってしましました。happy01

この辺で告知です。23日のコンサートタイトルをアマゾネスにしたのは、二十弦箏とピアノの私たちのオリジナル曲のタイトルなんです。shine東京在住の作曲家 平野義久さんの委嘱して書いていただきました。今まで、吉岡さんの編曲もののレパートリーに初オリジナルが加わるのです。happy02うれしい~heart04

超難しい難曲ですが、来年の3月16日熊本県劇演劇ホールで初演も決まりました。

私の所属している本拠地東京の日本音楽集団の九州ツアーがあり、その熊本公演で披露できます。

どうか大勢の方に観に来て、喜んでいただけるようにその日に向かって頑張ります。scissors

その前に12月7日は広島県福山市私の生まれ育ったふるさとに演奏に呼ばれています。ご一緒する尺八演奏家の坂田梁山先生も素晴らしい演奏をされる方なので、幸せいっぱいです。heart02二人の幼い子育て真っ最中の私には、過酷とも言える時間のない中、出来る一瞬に感謝して、誠意をもって音楽に取り組んでみます。そして思い出の石垣島ディナーショー12月18日~21日行ってきます。

これからも応援してください。ありがとうございました。

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お箏のコンサート箏模様第五回目 2008 11,2

私がプロデュースしました、お箏のコンサート箏模様第五回目を無事に終えました。

今回は自分なりに心がけたことが、ひとつあります。

それは、かっこつけずに、「ありのまま」 です。

生徒たちや、地方の先生方にも、自分の音楽性に合わせるのではなく、一人一人の能力や、可能性を信じて、引き出すお手伝いをするように指導してきました。

みんなそれぞれに、頑張ってくれて、自己表現する舞台になりました。

なかでも、初演を三曲も発表できたことは、本当にうれしく思います。

私の尊敬しています、お二人のゲスト(宮越圭子先生 17絃箏  坂田梁山先生 尺八)  

の演奏も素晴らしく本当にいろんな面で勉強になりました。

アランフェス協奏曲をお箏バージョンに編曲してくれた音楽仲間の吉岡さんの言葉で、

音楽は、「その人そのものが音にでる。」まさにそれを感じる舞台でした。

脳腫瘍や脊髄の腫瘍など大病をかかえながら、目も不自由、身体障害を抱えながら、お箏に取り組んでいる生徒さん(北川 詩子さん)の『春の小川、月の砂漠』は、心に染み渡る、本当に素晴らしい演奏でした。いつか近い将来彼女の作品を、楽譜やCDにする応援ができればと思います。

そのときは、皆さん応援してあげてください。よろしくお願いいます。  

私も「~尺八を含む四重奏曲~届かぬ想い」を初演できました。幸せでした。

いろんな人に演奏してもらいたいので綺麗にまた五線譜を整理して楽譜を書き直します。乞うご期待!

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松下知代 演奏者 愛の連鎖 ~お母さんの笑顔~ 日記

私は4歳と3歳の女の子を持つ母親です。

一人目の出産後、産後うつ病になりました。

症状としては、約1カ月間、どんな薬(睡眠薬、抗うつ剤)をのんでも睡眠がとれず、

神経過敏症、パニック障害、感情のコントロールが全くできなくなるという様々な症状に陥ってしまいました。

その時の私は悪霊が乗り移っているのかと、後になって主人が話してくれたくらいです。

 私は、父母、姉、弟の5人家族の中で育ちました。夫婦仲が悪く、家族みんなで楽しく食事を囲んだ記憶はほとんどありません。母は愛情深く優しい人ですが、時々限界が来るのか、感情的に自分の悲しみや苦しみを子供に発散してしまう人でもありました。例えば「お前さえ生まれてこなければお父さんと別れられたのに」や、跡取りを生まなければいけない使命から「お前が男の子だったら」等、他にも幾つかトラウマになった言葉があります。そういった環境のもと、幼い頃から不安が心に根付き、家庭は安心できる場ではありませんでした。それでも子供は母親の笑顔を見たいんです。そして母が不幸なのは自分のせいだと思い込み、ただただ幸せになってもらいたいと思い、必要とされる存在になりたいと、気が付けば姉弟より頑張る子になっていました。

 親から本当は愛されているのにそれが心に浸透していかないのは愛欠乏状態です。神経を休めることを忘れ、頑張り続ける状態は、性分というより、育った環境によるものだったのです。そして出産。自分が母親になる。産後うつという症状は、きっと赤ちゃんが、今のままだとしんじゃうよって教えてくれたサインなのではないかと思います。子供を産んで、初めて湧き上がった母性にパニックになると共に、不安の中、アクセルを踏みっぱなしだった私は産後、休む方法を見つけられませんでした。同時に精神的に自立できていなかったのだと気付きました。

 愛は連鎖していくものだと思います。祖母から母へ、そして今私から子供達へ愛が受け継がれています。夫婦が信頼し、愛し合い、母親の笑顔とその傘の元に育つ子には、愛の連鎖がちゃんと行われていくと思います。そして以前は母親のため、死ぬ思いで奏でていたお箏の演奏も、出産と産後うつを克服した経験を経て初めて自分の為に奏でられる様になりました。張り詰めていた心は今では音楽に救われ、お箏をさせてくれた両親に感謝しています。

 あんなにも心を占領していた不安を消し、本来の自分を取り戻す事ができたのは、ある心療内科の先生のおかげです。1人で抱え込まず、今でも続けているヘルスアートという薬を使わない治療法とカウンセリングにより今日の自分があります。もちろん今でも感情的に子供に当たったり、失敗もたびたびありますが、愛の連鎖は母子だけでなく、夫婦の間、そして同居している姑との間にも広がっていき、彼らの穏やかな愛に私も含め、子供達も救われています。

 これから2人の女の子を育てながら私自身、妻、母として、また演奏家としても成長していきたいと思います。私の執筆がお役に立てるかわかりませんが、自分を受け入れ、今を大切にする心に切り替え、みんなで助け合い、子供達を育てていける社会になってゆけばと願っています。

箏模様
松下知代プロデュースによることもようvol.5 第50回熊本県芸術文化祭参加 箏模様. 2008年11月2日(日) 開場13:00/開演13:30 届かぬ想い(初演)(松下知代) 他 お問合せ:松下知代お琴教室096-323-8240 チケット取扱 ホームページ開設しました。
ご覧下さい。

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